読書感想文 カラフル/森絵都

小学生か中学生の時に一度読んだ本を、この年になってもう一度手に取った。

 

自粛生活も長くなると、だんだんやることがなくなって読書にいきつく人も多いらしい。私もその一人で、会社の同期と昔読んだ本の話になった。東野圭吾湊かなえ原田マハ……そんな中である児童書を挙げると読んだことがないという。じゃあこれは?これは?聞くと、タイトルや作者は知っているけれど……と芳しくない反応。その中の一冊が森絵都のカラフルだった。

早速近所の本屋へ探しに行った。そうそうこの表紙、単行本と同じ黄色に懐かしくなる。帯には「高校生が選んだ読みたい文庫ナンバーワン」……もうすぐ27歳になるけれど読んでいいものだろうか、迷ったけれど結局買うことにした。

正直に言うと、話のオチは覚えていた。15年近く前に読んだ時に一番感情を揺さぶられたのがそのシーンだったから。あの頃はなんてことだと胸が高鳴った展開も、今になれば読み始めの時点で想像がつく安易なものかもしれない。だがそれ以外の部分の記憶は曖昧で、ただはじめて読んだ時の面白さが鮮烈だったので、この感覚を他の人にも味わってもらうための貸し出し用にすればいいか、とそんな気持ちで家に連れて帰った。

 

そうだった、そうだった。妙に人間臭い天使に導かれて物語は始まる。

 

「生前の罪により、輪廻のサイクルから外されたぼくの魂。だが、天使業界の抽選にあたり、再挑戦のチャンスを得た。自殺を図った少年、真の体にホームステイし、自分の罪を思い出さなければならないのだ。」

 

そうしてまんまとすべり込んだ魂が中学3年生の小林真として生活を始める。輪廻のサイクルに戻るための一時的なホームステイ、どうせ一時借りているだけの他人の人生、それならばと割り切ってしたいように我が世を謳歌しようとするも、自殺した人間の体に入っているのだから、周囲の人間や物事がそれなりの事情を抱えているのは当然のこと。全てが思い通りにいくわけもなく……というのがおおよそだ。

 

ここまでははっきりと記憶にあった。

でも、今回私を突き刺したのは、記憶からすっぽりと抜け落ちていた主人公と父親との会話だった。

平凡ながら家族のために働くサラリーマンの父を尊敬していた。それが崩れ去り、嫌悪感を抱くような出来事があった。しかし川辺で話をしていくうちに、父の思いに触れ考えに触れる。小林真の記憶が知らなかったことがあまりにも多いと気づき、自殺した真に「もったいないことをしたんじゃないか?」と問いかける。

 

そういえば、カラフルといいながらこの本が黄色い理由は何だろうか。単行本も文庫本も、細かいイラストの違いはあれど同じ黄色一色だから何か理由があるに違いないと思い少し考えてみた。

作中で主人公が描く絵。自殺する前の真が描いていたのと同じ青い絵の具で塗り進めていく。抱えていた色々が積み重なって、死を選ぶ前の真が没頭していたのがこの絵を描くこと。耐えがたい現実から逃れるための色が青なのだとすれば、表紙の黄色はその反対色であり現実そのものかもしれない。

しかしこの本の表題は「カラフル」なのだ。美しい青だけの理想はないかもしれないけれど、つらい黄色だけが現実でもない。そのことは物語の随所で示されていくが、最も強く感じ取れたのが、先ほどの父親との会話だった。

 

自分がそうだからそう思うのだが、若い人間にはもっと長い時間を生きてきた人よりも物事は単純化されて見えていると思う。喜ばしいことも打ちひしがれることも、より強いコントラストで視界に飛び込んでくる。だから絶望するし、身を守るために自分の殻に閉じこもる。

だが、大人になるにつれてそうもいかなくなる。父親はそのことの象徴かもしれない。家族がいて明日も生きていかなければならない、今さらこのコースから降りるわけにはいかない、そんな時どうするのか。

「我慢は難しいけれど、辛抱ならできるかもしれない。辛い気持ちを持ったまま、それをぎゅっと抱きしめることならできるかもしれない。」ウイルスに今までの生活を変えることを余儀なくされたこの時期に、テレビで聞いた言葉を思い出す。それができるのは、世界がつらい黄色だけではないと知っているからではないだろうか。世界は色で溢れかえっていて、目まぐるしくせわしない。今たまたま自分の胸元に飛び込んできたのが黄色であっただけで、ふと周りを見渡せば様々な色が風景を塗っている。綺麗な色ばかりではないし、原色だけで割り切れないぼんやりした色もたくさんある。その一つ一つを知って、そんな色もあるのだと認めて受け入れていくために今は黄色と一緒に生きているのかもしれない。

 

そしてカラフルであるのは、世界という漠然としたものだけではない。周りの人々についてつい「あいつはこういつやつだ」と決めつけてはいないだろうか?相手も、一色だけののっぺりとした存在ではなく、様々な側面を持って様々な色を抱きしめて、それを見せたり見せなかったりしながら生きている。それが特に感じられるのは主人公の兄の存在だったと思う。

 

父、母、兄、そして同級生たちとそれぞれの見えているものの範囲や彩度が様々であることが、この物語の魅力だと思う。

 

話は変わるがもう一つ魅力的だと思ったのは、五感の境界線が曖昧な表現だった。味は舌だけで、匂いは鼻だけで感じるものではないし、温度や湿度は何らかの情景や感情を肌に乗せてくると思う。それが感じられるところが読んでいて心地よかった。

 

余談だが、感想文を書くにあたり調べていたら実写映画の主人公役が田中聖だったと知った。コンプレックスだらけで無口な悩み多き青年……むむむと思ったけれども、映像を見てみると、外見と中身の二面性を醸し出すアンニュイな視線がとてもしっくりきた。悲し気ではかない表情が妙に似合う顔立ち。田中家の遺伝子つよい。

 

 

生前の罪により、輪廻のサイクルから外されたぼくの魂。だが天使業界の抽選にあたり、再挑戦のチャンスを得た。自殺を図った少年、真の体にホームステイし、自分の罪を思い出さなければならないのだ。真として過ごすうち、ぼくは人の欠点や美点が見えてくるようになるのだが……。